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Pとこの一冊 第6回 ◆半角P「茨木のり子詩集 わたしが一番きれいだったとき/茨木のり子」

『わたしが一番きれいだったとき

 わたしはとてもふしあわせ

 わたしはとてもとんちんかん

 わたしはめっぽうさびしかった』



「茨木のり子詩集 わたしが一番きれいだったとき」 茨木のり子

No6 半角P用


 それは教室での出来事。


 前方では、教師が熱心に何か大事そうなことを語りながら、幾何学的な文字を黒板に記載している。

 後方では、クラスメイトがあるものは意識の彼方へ船をこぎ出し、あるものは机の下で漫画を開く。

 そして。

 教室のほぼ中央で、そのどちらにも属することが出来なかった私は、仕方なく手元の教科書に視線を落とす。

 何気なく落とした視線の先で。

 私は初めて書籍を読んで涙した。


 
 そんな風にして私は本作と出会った。



 「わたしが一番きれいだったとき」は、口語自由詩である。
 
 本作は、「わたしの国」において、戦争が激しくなり、やがて終戦を迎えた状況の頃を、8連にわたる文章で表現している。

 そして、8連の文章は内容的に「戦時中」(第1~第4連)、「終戦直後」(第5~7連)、「戦後」(第8連)の3部に分けることが出来る。

 本作のテーマを一言で言えば、青春期を戦争という状況で過ごさなければならなかった作者の悔しや、喪失感、そして、それでもなお悔いがない生涯を生きていこうとする作者の決意である、といえよう。

 本作は、対句(同じ形で対になる語句を並べリズムを整える形式)、押韻(文の始めや終わりを同じ音でそろえる形式)、倒置法、反復法などをたくみに使用し、作品全体としてリズミカルな構成をがとられており、そのことが作品の透明度を上げる作用をもたらしている。

 また、この詩の大きな特徴としては、現在も国語の教科書に掲載されているということがあげられる。
 従って、人によっては国語の授業でこの詩を読んだことがある人もいるかも知れない。
 

 本作を「国語的」意味でざっと解説すれば、以上のようなものとなろう。

 
 もちろん、私がここで伝えたいのは、そんなおもしろみもない平坦な言葉達ではない。


 冒頭で述べたとおり、本作は私が初めて書籍を読んで涙した作品である。

 今でこそ涙もろい私ではあるが、当時(中学生時代)は全くそんなことはなかった。

 作品をおもしろいと感じることはあれ、こと、書籍を読んで感動で涙を流すという経験はほとんど皆無であった。

 そんな私が、本作に涙したのである。
 
 これは当時の自分でも衝撃の事実だった。

 そして、私にとってもっと衝撃だったのは。

 どうして涙したのかがよくわからないという事実だった。 

 実を言うと、今もその理由についてはよくわかっていない。

 中学時代に涙して以来、私は時折、本作に触れている。

 あるいはそれは高校の教科書だったり、あるいはそれはインターネットのサイトであったり、あるいは単にふと思い出したり。
    
 その時々で思い返すことは多々あれど、なぜあのとき自分が涙したのか、その理由は今もなお謎のままだ。


 とはいえ、この作品が私の心の中に深く突き刺さっているのは事実である。    
 
 
 例えば。


 私の文章。

 私の文章は、同じ言葉ないし、リズムをもった言葉を繰り返すことが多い。
  
 これは間違いなく本作の影響である。

 本作は本質的にリズミカルな作品である。

 だからこそ、何度も頭の中で反芻することが出来るともいえる。

 そうして反芻を繰り返している内に、私の中でもっとも心地よい文章形式として深く刻み込まれたのだと思う。

 結果として、私の文章は本作のもつリズムをなぞるかのように、繰り返しが多用されることになったわけだ。


 そういう意味では、ノベマスPという側面から見れば、本作は私にとって「Pとして無くてはならない一冊」であるといえる。 


 それほど重要な作品について、自分の感想を語れないというのは何とも歯がゆいものではある。

 物書きの端くれとして、それでいいのかという気持ちもないではない。

 だから、今回、無理矢理にでも「あのとき」私が感じた気持ちを表現してみようと試みて、この企画に応募させてもらったのである。

 そう思っていろいろ思考錯誤した結果。

 あのときの感情を伝えるためには、あのときの情景を描くしかないとの結論に至った。

 
 冒頭で示した、あの中学校の授業中の情景のように。
 



 それは授業中の教室での出来事だった。
   

 響き渡るは、教師の声と、チョークの音。

 40数人がつめこめられた狭い空間で、私の意識はただ一点、本作にのみ注がれる。

 文字を追っていた目は、いつしか文字ではない何かを幻視する。

 あるいはそれは崩れたがれきから見上げる青空だったり、あるいはそれは完璧な敬礼を行っている若き兵士であったりする。

 そして。

 ついに私は声を聞く。

 彼女は確かに私に語りかける。

 怒りもあきらめも後悔も。

 そのすべてを越えて澄みきった声色で。


 「わたしが一番きれいだったとき」


 淡々とその言葉を繰り返す。
 
 
 「わたしはめっぽうさびしかった」


 そう告白する彼女は、それでもなお。


 「だから決めた できれば長生きすることに」

 
 すぐさま静かな決意を私に告げる。

 そういった彼女は、たしかに「一番きれい」では無かったのかも知れない。

 だが。

 声とともに浮かび上がった彼女の姿は、最高に美しかった。

 
 たぶん、それが私が本作に涙した理由なのだろうと思う。
   
  

 
 ずいぶんと妄想めいた話になってしまった。

 小説や詩を読むという行為は多分に私的な行為である。

 私が作品を読むとき、私の意識はその作品の世界にダイブしている。

 だから集中して読んだ作品では、幻想も幻聴も、私の意識は現実に感じ取る。

 このような私的な行為が万人受けするとは思わない。

 それでも。

 本作に少しでも興味がわいたのなら、是非ご一読していたくことをおすすめする。

 先に挙げた作品集は、本作以外でも茨木のり子の代表的な作品が収められており、その透明な世界観を十分に堪能することができる。

 本作が織りなす美しくも透明な世界をお楽しみいただければ幸いである。 

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Author:◆半角P

公開マイリスト
日刊アイドルマスター : http://www.nicovideo.jp/mylist/36474175
作ったノベマス : http://www.nicovideo.jp/mylist/26349104

Twitter @shikakuhankakuP

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