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Pとこの一冊 第14回 DAT3P「センネン画報/今日マチ子」

はじめまして、DAT3Pと申します。PVと、ときどきノベマスを投稿している者です。


私が今回紹介する本は、今日マチ子さんの「センネン画報」です。

No14 DAT3P用


「センネン画報」は、今日マチ子さんがブログでほぼ毎日描いている『風景と叙情の1ページ 漫画』をまとめたもの。今日マチ子さんの1ページ漫画は、きれいな淡い色が特徴的です。1ページの中には、いつも水色が見えます。私は、その色をさっぱり晴れた空の色ではなく、揺らめくような水の中の色という印象を受けます。



風景とは、目に映る広い範囲のながめ。ある場面の情景・ありさま。
叙情とは、自分の感情を述べ表すこと。

感情を表すには、なにかしら言葉が必要なことが多い。だけど、この本には言葉が少ない。あるのは、風景と少女と少年。ユーモアと痛みと水色。風景の中に、ないはずの言葉や感情が見える気がする。そのままの行為がなくても、「ああ、そういうことね」とわかる。なんだかわかってしまう。タイトルからは想像できないことも最後にはタイトルで落ちる。言葉の意味を目で読む漫画なのかなと思っている。それはすごく面白い。


私がこの本を買ったときに、「これは、毎日1ページずつ読めば素敵なのでは」なんて思ったけれど、ページをめくればそのまま最後まで読み耽ってしまう。『感動する』は、ない漫画だと思うけれど、心は揺すぶられる。何度も『ああ、いいなぁ』が味わえる。青春のきらきら・切なさ・残酷さが詰まっている。そのほかにも感じ取れることはたくさんあると思う。「こんな青春だったらいいのに」と思えない青春もある。でも、「こんな切ない感じも嫌いじゃない」と私は思う。


「センネン画報」はいままでに2冊出ています。「センネン画報」には2005年から2007年くらいまでの作品、「センネン画報 その2」には2008年から2010年までの作品が収録されています。2冊とも描き下ろしの長編漫画も収録されています。「センネン画報」は、最初の32ページまではカラー。そのあと扉絵以外はカラーではありません。『その2』の方は、オールカラーです。読んだことのない方におすすめするならば、こちらをぜひ。だけど、最初に出た方に収録されている漫画ももちろん素敵です。私は、「センネン画報」に入っている『空を撮る』が大好きです。


誰かに本を贈るなら、この本を選ぶと思います。そのくらいこの本のことが好きです。水色が好きなひとや気になるひとにぜひおすすめしたい本です。


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Author : DAT3P

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DAT3P:http://www.nicovideo.jp/mylist/33431673

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Pとこの一冊 第13回 東豪寺麗華「憲法/長谷部恭男」

みなさん、はじめまして。
私は東豪寺麗華と申します。
今回、真人間Pにお許しを頂いて、「Pとこの一冊」という企画にご応募させていただくことになりました。
おそらくほとんどの方が私のことをご存じないことと思います。
ですので、最初は軽く自己紹介をさせてもらえればと思います。

『東豪寺麗華』は、水瀬財閥に匹敵する財閥である東豪寺財閥の娘にして、東豪寺プロダクション所属のユニット、「魔王エンジェル」のリーダー兼プロデューサーです。古くは、アーケード時代から765プロの前に立ちはだかる最強のライバルとして、オーディションにてあまたのプロデューサーの夢を屠ってきました。『彼女』と「魔王エンジェル」の活躍については、上田夢人作「アイドルマスターrelations」に詳しく描かれています。

ここまでが、『東豪寺麗華』の紹介。

そして、ここからが『私』の自己紹介になります。
ややこしくてごめんなさいね。
『私』は、そんな『東豪寺麗華』のもう一つの可能性の一人。
アイドルとはならず、どういうわけか司法試験に合格して弁護士として活躍している『東豪寺麗華』の一人です。
去年の12月くらいにツイッターに登録して、今までみなさんとたのしくお話しさせてもらっています。

少し長くなってしまいましたが、以上が私の自己紹介です。

・・・・・・複雑でよくわからない?

んーそうね。
なら、端的に一言で言いましょう。

「私は『東豪寺麗華』のなりきりの一人です」

これでわかっていただけたと信じます。


堅苦しい自己紹介はこれくらいにさせてもらって、さっそく、私が紹介したい本について語らせてもらうわ。
口調も普段通りにさせてもらうわね(堅苦しいのは苦手なの)。

私が紹介したい本は、長谷部恭男著「憲法」よ。

No13 東郷寺麗華用


タイトルからわかる通り、この本は専門書よ。いわゆる六法の一つである憲法について概説的に説明された、憲法学の教科書の一つ。
専門書ゆえに、法学部生でなければきっと読んだことも、目に触れたことすらないでしょうね。
内容も憲法や法律を全く学んだことのない人が読んで理解するには、いささかハードルが高いと思うわ。

それでも、私がこの本を選んだのは、私らしい一冊って何だろうって考えたとき、まっさきに思いついたのがこの本だったからなの。


最初に述べたとおり、私は『東豪寺麗華』の可能性の一人。
その中でも、私はちょっと変わった存在。
中には私の存在を「認めたくない」と思う人も当然居るわ。
そして、そういう人は、私だけじゃなく現在ツイッターで活動しているすべてのアイドル達についても、多かれ少なかれ存在している。
そのことが意味することは、アイドル達とそういう人との間で、摩擦が生じる可能性があるということ。
「あなたと私は違う」というのは、あらゆる摩擦の根本だから。
そういう摩擦が生じるかの可能性があるにもかかわらず、私がこうやって存在していられるのは、ひとえに、「違い」に寛容でいてくれる土壌がそこにあるからだと思っているわ。

でも。

「私と違うあなた」の存在を受け入れるのは、ある種とてもいびつなことよ。

自分にとって正しいと思えること、自分にとって気持ちいいと思えること。
それを他人にも教えようとするのは、人間としてごく自然な気持ちだと思うわ。
心優しくて、他人を思える人ほど、そういう気持ちが強いんじゃないかしら。
誰しも友達には幸せになってほしいでしょう?
だから、自分にとって幸せだと思える方法を人に教えようとするのはとても人間らしい、すばらしい行為だと私は思うわ。

ところが、そういう、ある意味「善意」がもたらした結果は、歴史的に見れば散々たるものだった。

たとえばそれは宗教戦争。
16世紀~17世紀、ヨーロッパにおけるカトリックとプロテスタントの対立から起こった一連の戦争は、ドイツでは約400万人の死傷者をだしたと言われているわ。
宗教戦争は、単純に宗教間の争いだけが原因だったわけではないけれど、それでもこの数字は、すごいわよね。当時のドイツの人口の3分の2くらいに該当するんじゃないかしら?

宗教というのは、人生に意味とよりよい生き方を与えてくれるわ。
宗教の教えに従って生きることはそれを信じている人にとって幸福であり、善。
幸福であること、善いことを他人にも伝えようとする、最初の一歩は、やっぱりある種の善意であると考えることも出来るわ。
隣人を思うからこそ、「善きこと」を教えようとする。
それは、人間にとって、ある意味、本能的な行動なんだと思うの。


日本国憲法をはじめ、近代憲法の多くが採用している「個人の人権の尊重」という考え方は、以上の人間感にある意味、反する考え方よ。

人々の抱く根本的な価値観の相違にもかかわらず、すべての人が社会生活の便宜を公平に享受し、コストを平等に負担する枠組みを作ろうというのが、この考え方のねらいよ。だから、この考え方は国家の役割を限定するわ。つまり、国家の役割は、犯罪者を取り締まることだったり、社会保障の提供だったりという限定された部分にしかなくて、何が「正しい」考え方かを議論したり決定したりすることは、国家の役割ではないという風に考える。

でも、こういう考え方は、人為的で、いびつで、人間の本能に反する考え方だとも言えるわ。

長谷部恭男は、この本の中で、そんないびつな考え方を日本国憲法が採用している理由を、社会契約論や、公共経済学、はてはカントやヒュームなどの哲学、あるいは、ロールズなどの現代正義論などあらゆる学問の知見を活用して論理で説明しようと試みる。
一つ一つの論理を地道に積み上げる長谷部恭男の姿は、読者の知的好奇心をすごく満たしてくれると思うわ。
でも。
同時に、私にはそれがすごく冷め切っていて、人間性を感じないようにも思えるの。
その理由は、きっと、ここで説明されている「人権の保障」などの考え方がある意味、人間の直感的感情に反する考え方にあるからなのだと私は思うわ。

それでも。

長谷部恭男が、そして、日本国憲法が、「人権の保障」にこだわるのは、私のような変わった存在を社会に認めていくため。
人々が自分の善意と本能に従って行動したがために、私のような変わった存在がいられなくなるといのは、ひどく悲しい現実よね。私がいうのも変だけど。
そういう意味では、この本は、私が存在していられる理由を「論理的」に説明している書籍だと言えると思うの。

どう? 
この本は、私の存在を論理的に肯定してくれる、すごく私らしい一冊であると言えないかしら?
私という存在に対する疑問について、一つの論理的解答をこの本は提示してくれているわ。だから、私はそういう疑問を持っている人に、少しでもいいからこの本を読んでみてもらいたいと思っているの。
私でよければ理解のための手助けをさせてほしいとも、ね。


かなり長くなってしまったわね。
最後に、長谷部恭男のある言葉を引用して、この文章を終わらせることにするわ。
それは長谷部恭男のこんな言葉よ。

長谷部恭男いわく、多用な価値観の存在を認められる寛容的な社会を作るための方法は、強力な哲学理論を生み出すことではなく、「思いやりに富んだ気立てのよい人々をなるべく多く育てること」にあり、「希望は、理性の彼方にある」(長谷部恭男「第5章 理性の彼方の軽やかな希望一『ポストモダン=新しい封建制?』という疑問にポストモダニズムは答えられるか」『比較不能な価値の迷路一リベラル・デモクラシーの憲法理論』東京大学出版会(2000年)73頁以下)。

私が『あなた』にお願いすることが出来るとすれば、たった一つだけお願いしたいと思う。

それは、これからも『あなた』が思いやりに富んだ気立ての良い人であってほしいということ。
私とアイドル達がこの世界に存在できるのは、『あなた』がそんな、「違い」に寛容であろうと、努力してくれている人であっていてくれるからだからと、私は充分理解しているつもりです。

そのようにあってくれる『あなた』に最大限の感謝を示しつつ、この文章を終わらせようと思います。

長文におつきあい頂きまして、本当にありがとうございました。

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Author:東豪寺麗華 (reika_counsel)

Twitter @reika_counsel

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Pとこの一冊 第12回 グリグリP「時計館の殺人/綾辻行人」

今回、私グリグリがピッ冊にて紹介させていただくのは、
第45回日本推理作家協会賞を受賞した作品、綾辻行人氏の「時計館の殺人」です。

No12 グリグリP用


~鎌倉の森の奥深くに佇む、内部を百八もの時計によって埋め尽くされた不気味な館「時計館」。
 そこでは、十年前のある事件を皮切りに多くの人々が命を落とした。
 時が経ち、心霊スポットと化したその館へと足を運ぶ若者達に殺人鬼の魔の手が迫る。~

...といった内容の、いわゆる「吹雪の山荘」系のミステリー小説です。
この手の小説はなかなかに古典的ですが、綾辻氏はデビュー作「十角館の殺人」で鮮烈デビューを飾っており、日本ミステリー界へのその多大な影響力から「新本格ミステリー作家」とも言われております。
「鮮烈なデビュー」「ニコマスダンスPVへの影響力」「本格というより新本格」
こうやって要素を羅列すると僕がニコマスにはまるきっかけになったPとイメージが近いですね。
誰かって?ググればすぐに分かりますよ!ww

話を戻しましょう。

この小説(といっても綾辻氏のミステリー小説全般に言えることですが)のおもしろいところは、巻頭に登場人物の一覧および時計館の見取り図があることです。
話を読み進めながら、「この人物はどういう人だったっけ」とか、「今主人公が歩いているのはどこなのか」といったことを手軽に確認することができます。
そうすることによって、より没入感のあるミステリー体験をすることができます。

そして、僕が「時計館の殺人」を特におすすめする理由は、なによりそのトリックです。
緻密に張り巡らされた数多の伏線がドミノ倒しのように解決していくクライマックスの爽快感は、数ある綾辻ミステリーの中でもトップレベルだと思います。
「あぁこれも伏線だったのかww」「だからあの人はあんな反応を...」「こんな他愛のない描写まで!?」
と、思わず声を上げてしまいそうになるあの結末は一見の価値アリです!

そんなわけで今回は「時計館の殺人」を紹介させていただいたわけですが、他の「~館の殺人シリーズ」だってもちろんおすすめです。

クライマックスのびっくり仰天っぷりが群を抜いている「十角館の殺人」
最後の最後にぞっと悪寒を感じる「水車館の殺人」
小説内小説という形式を巧みに利用した「迷路館の殺人」
館シリーズの中でも最も異色といわれる「人形館の殺人」
老人の手記をもとに過去の事件を追う「黒猫館の殺人」
原稿二六〇〇枚を超える、小説四作分の超大作「暗黒館の殺人」
ミステリーというよりもホラーに重点をおいた「びっくり館の殺人」

こんな具合で、館シリーズだけでもこれほどのバリエーションがあります。
そんな中でも特にミステリーの醍醐味であるトリックの爽快感を味わいたい方は時計館の扉をたたいてみては?

静かに時を刻み続ける時計と、不気味な住人があなたの来訪を待っていますよ...。

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Author:グリグリP

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Twitter @GuriguriP

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Pとこの一冊 第11回 あごひげックス「論語/貝塚茂樹」

実は最初、この企画に寄稿するにあたって、この本を取り上げようと考えていました。

No11 あごひげックス用1


『ウンココロ/寄藤文平・藤田紘一郎』という本なのですが、端的に言えばウンコのことが図解つきでコミカルかつ親切に描かれてる内容になっています。
ただまあ問題なのがホントにそれだけの内容でして、とりわけ深い教訓のようなものがあるわけではなく、ただただウンコについて語られているだけなのです。ウケ狙いにしてもこれはアカン、ということで今回取り上げるのはこちらの本になります。

No11 あごひげックス用2


『論語/貝塚茂樹』です。「まあ論語とウンコ、発音的に似てるしね」とか言ったら論語愛読者の方に怒られそうなのでやめておきましょう。
改めまして、あごひげックスと申します。ニコニコ動画などでアイマスの手描き二次創作をやらせていただいてますので、よろしければそちらもご覧ください(ステマ)。

さて、私がこの本と出会ったのは大学1年生のときになります。講義の中で論語(原典の方)を扱うことになり、その読解のために適当に手をつけたのがこの貝塚氏の『論語』です。それまでも高校の授業なんかで論語を扱うことはありましたが、自分から論語について勉強したのは、おそらくこれが初めてだったと思います。
皆さんのイメージがどういうものかは分かりませんが、実は論語というのは簡単なことしか書いてありません。「親・目上の人を大事にしましょう」「礼節を重んじましょう」「勉強クッソ楽しい」。ただ、ほとんどの人間が教育活動の中でこの文章に初めて触れるものですから、どうしても難しいイメージを抱いてしまっているのだと思います。私もそうでした。
以前中学生や高校生と話す機会があったとき、こういう漢文って好き?と聞いたら、良い返事はあまりありませんでした。理由を聞くと、「なんか漢文ってパッと見じゃわかんないし」。「わかりやすかったら読むの?」「うん、それは、まあ」。そのとき私はすでに今回取り上げている『論語』に出会っていたものですから、「なんともったいない!」と、そんな気持ちを抱いたのを覚えています。

そういった流れでその学生にも『論語』を勧めたのですが、論語に少しでも興味のある人にぜひ読んでほしいのが、この貝塚氏の『論語』です。正直、自分の中で思い出補正のようなものもあるのですが、とても優しい文章で説明してくれているので、初めて論語を読むという人にもわかりやすいつくりになっています。白文(漢字のみの文)、書き下し文、解釈という内容になっているので、前知識が無くてもしっかり頭に入ってくるのが、この本の最も良いところです。注釈書とまではいかないけれども、知りたいところをしっかり抑えてくれる、まるで進○ゼミのような一冊ですね。たとえとしてはあまり良くないかもしれませんね。

これは私個人の考えですが、論語というものがこれだけ広まって根付いている以上、おおよその人が論語っていうのは良い文章だと認識してると思っています。ただそのとっつきにくさから、授業で習うような有名な一節しか知らない。それが現状じゃないかなぁと。
また、この本の良いところは論語全文を載せていないということです。この本自体はとても薄いですから、これで興味を持ったら論語本文を探してみたり、もっと詳しい注釈書を探すのもアリじゃないでしょうか。そういった意味でも、非常に初心者向けの一冊になっています。
『論語』まえがきで、貝塚氏は次のように述べています。

 論語は孔子の一生の経験が結晶したような本です。(中略)私は、あなたといっしょに、この結晶の美しさを、すなおに感心してみるところから始めたいと思います。そしてつぎに、この結晶をもうすこしていねいに眺め、さらに、思いきってこれを手にとって、その美しさの秘密がどこにあるか、詳しくしらべてみることができたら、とも思います。

 この文章からも貝塚氏のねらいが少し分かるような気がします。論語そのものに興味はあるけど、漢文はなぁ……という方に、ぜひ手にとっていただきたいそんな一冊です。
 最後に、私が一番好きな論語の一節を紹介して本文を終わりにしたいと思います。

子曰、知之者、不如好之者。好之者、不如楽之者。(雍也第六の二十)
  (子曰く、之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず)


 大まかに訳すと、「ある物事を知っているという人は、それを好きだ!という人にはかなわない。また、その好きだ!という人も、楽しんでいる人にはかなわない」という内容になります。日本のことわざでいうところの「好きこそ物の上手なれ」ですね。私はこの言葉を座右の銘として、日々過ごしています。決して難しい言葉ではありませんが、こんな感じで意外と心に響く言葉が見つかるかもしれませんよ。

new_No11 あごひげックス用3
 
 本当に最後に。『ウンココロ』も面白いのでオススメです!(精一杯のフォロー)

参考文献
・『論語』 貝塚茂樹・著 1964.8.16 講談社
・『ウンココロ』 寄藤文平・画 藤田紘一郎・文 2010.11.15 実業之日本社 

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Author:あごひげックス

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Twitter @AgohigeX

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Pとこの一冊 第10回 お姉ちゃんP「廃墟建築士/三崎亜記」

初めましての方は初めまして。
ご存知のかたはこんにちは。
1107Pのお姉ちゃんPと申します。
普段は主にノベマスを作り、たまにPVなんかも作っております。

私がおすすめしたい本はこちら。
三崎亜記「廃墟建築士」です。

No10 お姉ちゃんP用


内容は短編小説四篇なのですが、私はこの本のあらすじをばっさりと説明できるほどの日本語力を持っていません。
あらすじをそのまま書くのは簡単です。しかし「お前は何を言っているんだ?」と聞き返される可能性がとても高いです。
それでも書かなきゃダメなものでしょうか。いやダメですか、そうですか。
じゃあ、とりあえず二編だけあらすじを書きますよ。

・七階闘争
 →建物の七階で起こる事件を無くす為に七階を無くそうとする行政と、それに立ち向かう人たち。
・廃墟建築士
 →国の文化的遺産である廃墟を建築する建築士と、人が住んでいる「偽装廃墟問題」の行く先。

という感じで、「いまなんて?」と聞き返したくなるストーリーです。
はっきり言ってしまえばすべて「ファンタジー」であると切り捨てることができます。
しかし、よくよく考えてみれば実際にないことではない、と考えることもできる。
設定を前提条件としてどの程度受け入れ、どの程度噛み砕いて理解するのか。
これを笑ってもいいし、深い人間ドラマであると受け取ってもいい。

この作家はあまり有名ではありませんがこういう作品を多数書いていて、
「定められたルールに則った上でバスジャックをする」
「ゴーストタウンの中で歩道を歩道として定義づけるために道を歩く歩行技師が存在する」
「赤道上に発生した鼓笛隊は次第に勢力を弱めながらマーチングバンドへと転じる」
「となり町との戦争のお知らせ」
などなど一文抜き出して聞くと全く意味がわからない、そして通して読んだ上でも全く意味がわからない「存在」が多数あります。
分かるのはその物語自体はフィクションであること、それだけであり、こちらがどうするかというのはまた別の問題。

ただこの作家の作風には個人的に好きであると思う点が二つ存在します。
まずひとつ、
「仮に題材を入れ換えたとしても話として出来上がっていること」
これは小説として形作ることとしての宿命ではありますが、とくに二次創作を扱っている場合は、
案外問題にしている方が多いのは、「このキャラでやる意味がない」であるとかそういう問題。
自分としてはキャラクターは入れ物で、それは入れ替えても成立できる。
誰にでも起こるときにはそういったことが起こる、といった認識を持っていて、
必ずしも絶対この人でないと解決できない、ということはありえないはずです。
というより、そういう考え方を持ってしまうと人生が辛くなります。
自分じゃできない事があまりにも増えすぎます。
方法論であったり、運命であったり、そういったことを綴るために絶対はないのです。
スポーツマンガであっても、必ずしも「テニスでないと」「バスケでないと」起こり得ない、という筋はないはず、なのです。
だから、逆説的に、「話としての価値」がある。

ふたつめに、
「既存の存在に対して違う定義付けをする試みを行うこと」
これは哲学的な問いではありますが、常に我々が意識し続けないといけないことでもあります。
たとえば我々は推理小説を書くとして、人をナイフで刺して殺しました、と書いたところで、
そこに問いが発生することはありません。
冷凍ブロッコリーでぶん殴って殺しました、と書くと一斉に何があったのかと。
緑色のモサモサしたやつが飛び散りやしないかと。
カリフラワーではいけなかったのかと。
あんな柔らかいもので殺せるのかと。
犯人はシェフかと。
確認したいことが山のように出来ますし、書く側としてもそれだけ思いつけば山ほど埋めることができます。
あるいは、そもそも殴って殺したのではないのかもしれません。
冷凍ブロッコリーを喉に詰めて殺しました、とすれば、
起きているときに詰められたのか寝ているときに詰められたのかと。
普通食べるときに気づかないかと。
ネタはいくらでも出てきます。
どれもこれも出発点は、「ブロッコリーは普通殺害に使わないから」です。
当たり前のことを言っていますが、当たり前のことこそ一度立ち止まって考えてみる、
ということが必要なことであり、小ボケにも通じ、細かいディテールを表すのにも通じ、
更には作品全体のテーマにも通じる万能な思考だと思っています。
(なんだったら、私のようにP名にも使えるかもしれません)

さて、めちゃめちゃ長くなってしまいましたが、「廃墟建築士」、今大変買いやすくなっております。
昨年9月に集英社により文庫化されたからです。
普段小説を読み慣れている方は、まぁ短篇集ですから小ボケを見ると思って。
読み慣れていない方も、この作家独特の「これはこういうことです、どうぞ受け取ってください」と
言われてなんとなく受け取って一篇読んじゃうふわふわ感に浸ると思って。
読んでみると楽しいのではないかと思います。
乱筆ながら、お付き合いありがとうございました。

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Author:お姉ちゃんP

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Twitter @mini_humbucker

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【Pとこの一冊】締切延長のお知らせ

こんばんは。ピッ冊こと「Pとこの一冊」の管理人を務めております、真人間Pです。
見切り発車で始まった「Pとこの一冊」ですが、多くの方にご寄稿いただき、また多くの方に読んでいただきました。
言い出しっぺとしても管理人としても1人の本好きとしても、大変嬉しく思っております。本当にありがとうございました。

さて、ピッ冊の寄稿の締切は当初は5/18までを予定しておりました。

しかしピッ冊、思ったよりも好評で、「寄稿しようかな」といったツイートが多く見受けられました。
ですので今回は締切を1週間延ばしまして、5/25までとさせていただきます。

寄稿しようかしまいか悩んでいたそこのあなた!!!
これを機に、是非参加してみてはいかがでしょうか。

ご寄稿の際には、真人間P(@HonestManP)のTwitterまでご連絡ください!

皆様のご寄稿を、心よりお待ちしております。

Pとこの一冊 第9回 朗読P「二十億光年の孤独 / 谷川俊太郎」

No9 朗読P用

Book: 二十億光年の孤独 / 谷川俊太郎

「二十億光年の孤独」は、今や日本を代表する詩人である谷川俊太郎さんが最初期に書いた詩を集めた処女詩集です。この本の初版が刊行されたのは1952年であり、今から60年以上も前になってしまいますが、そこには10代後半の思春期から20歳頃までの作者の澄んだ感性と鮮烈な感情による詩が爽やかに綴られています。

中でも特に好きなのが、次の「かなしみ」という詩です。


かなしみ


あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまつたらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前に立つたら
僕は余計に悲しくなつてしまつた




この詩を初めて読んだのは、ちょうど高校1年の頃でした。ごく短い詩なのですが、当時の私にはとても心動かされるものがありました。私たちが何となく思春期のときに抱く、言葉で表現しがたいもやもやとした感情のようなものを、空と波(水)、透明、おとし物と遺失物係という事象と形容をもって、くっきりと描き出しているその様に、深く感動したのでした。

振り返って、ふとアイマスについても時折考えることがあります。ドキュメンタリー風の動画を作っている性分ゆえなのかもしれませんが、あれらの動画で彼女たちの「人間らしさ」を描くのはなんと難しいことか、と。

千早のように原作内で明確なバックグラウンドが用意されたもの、あるいは伊織が家族に対して抱く反発、というような箇所を除けば、基本的に彼女たちはほとんど「善良」で「明るく」「快活」に、有り体に言えば「いい子」として登場し、行動します。ドキュメンタリーも、それをなぞれば「いい話」でまとまります。でも、本当にそれだけが彼女たちの中身なのでしょうか。それは違うと、私は思います。

さきほどの詩のように、何か特別な理由がなくとも人はふいにかなしくなったり、何に悩んでいるのかすらもわからず悶々と悩んだりします。そして、そういう瞬間は、彼女たちにもきっとあると思うのです。

ただ、それを汲み取るには彼女たちとのコミュニケーションはあまりにも前向きで、幸福に満ちてしまっています。パーフェクトとされるものを選んでいる限りでは、苦悩や陰り、そういった表情や言葉に出会うシーンはそう多くありません。そのため、私の動画では補足としていつもプロデューサーに長々とインタビューに応じてもらっています。前提知識があれば話は別ですが、番組という体をとっている以上、そのような側面を一切語らないというのは視聴者に不誠実だと思うからです。またそれは、彼女たちを偶像としてではなく、あくまで一人の人間として捉えたいという願いゆえでもあります。

さて、話が脱線しましたが最後に詩集の表題作である「二十億光年の孤独」を引用して終わりたいと思います。


二十億光年の孤独


人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした



アイマスは、完璧なゲームではありません。完璧なコンテンツでもありません。ですが、その不完全さがあるからこそ私たちはそれに惹かれ、あれこれ考え、集っては離れ、そしてまた集っては今日もわいわいと騒いでいます。

その切なくも素晴らしい時間に、これからもささやかながら関わっていこうと思います。では、またどこかで。

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Author:朗読P

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Twitter @Whitethroat

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Pとこの一冊 第8回 覆面作家P「ファミリーポートレイト/桜庭一樹」

 はじめまして。覆面作家と申します。ノベマスなんかを作ったりしています。
 私は以前、北村薫原作の『覆面作家は二人いる』シリーズをノベマスにしておりました。今回も北村薫の作品にしようかとも思いましたが、こちらにします。

No8 覆面作家P用


『ファミリーポートレイト』
 作:桜庭一樹 
 講談社

 私といえば桜庭一樹、とノベマスPの中では有名ですが、今回はこの作品を選びました。桜庭一樹の中で一番好きな本です。近くでサイン会があると聞いて、いやっほうとスキップしながら列に並んだくらい好きです。

 桜庭一樹の作品は、表紙のイラストで追っていました。初期の『赤×ピンク』は高橋しんが表紙のイラストを描いていて、『GOSICK』は武田日向。『推定少女』は高野音彦がイラストです。あ、どれもラノベ版の話ですよ。
 そういえば『愚者のエンドロール』も、角川ミステリー文庫版は高野音彦がイラストを描いていまして、どうにかゲットしたかった私は市内中の本屋を探し回った覚えがあります。
 閑話休題。そんな桜庭一樹が直木賞受賞後、初めて出版した作品です。
 
 本書は二部構成になっています。
 一部は、マコとコマコの話。5歳のコマコはママのマコに連れられて、山のふもとの町、海沿いの町、荒野の中の町。住処を変えながらマコは逃げ続け、コマコは犬みたいにマコに引き連れられ、ついていきます。コマコが14歳になったとき、マコはコマコの目の前から消えて、逃避行は終わります。
 二部はコマコのそれからの話。マコの幻影を背負いつつ、高校に行って、編集者と出会い、小説家になって、家族を持つまでのお話です。
 ふらふらした、つかみどころのない作品です。それでも私がこの本を好きなのは、これが作家と読者を描いた物語だからです。
 コマコが逃避行の中で本と出会い、魔法使いの話にわくわくして、むさぼるように本を読みます。本を読み続けたコマコは内に溜まった物語を、自分の物語を話します。そのとき、コマコは作家になりました。このコマコが自分の物語を爆発させる瞬間が、たまらなく好きなのです。
 
 物語を作ることは、自分の中の思いとか体験したこととか読んだ本とか、そういうのをまぜこぜにして外に吐き出すこと。ノベマスを書いたりして実感したことです。溜め込んで溜め込んで、一気に爆発させることで表現したその瞬間が、とても美しいと私は感じました。

 物語を書くこと、作家であることはもちろん苦しみを伴うものです。それでも物語を書き続けるコマコ。何かを表現することは苦しいことで、それでもやめられない。もしかしたら、ニコマスのPの中にもそんな人がいるんじゃないでしょうか。この作品は母と娘の物語であると同時に、すべての物語への礼賛なんだと思います。

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Author:覆面作家P

公開マイリスト
短編リスト : http://www.nicovideo.jp/mylist/17278890

Twitter @niduma_P

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Pとこの一冊 第7回 黄兎図画工作「こうかん日記で魔法をかけて/末吉暁子」

初めましての方もそうでない方もこんにちは。
黄兎図画工作と申します。ニコマス辺りでは手描き作品やニコ生をやっております。

私は小さい頃から本を読むのが好きで、小学生の頃は、学校の図書館で、
『 朝本を借りて夕方返却し、夕方また本を借りで帰る 』
ということをよくやっておりました。
1人1冊しか本を借りることが出来なかったとはいえ、
「どんな子供だよ!」
と自ら突っ込みを入れたくなります。

そんな技を使いつつ、年間図書貸し出し数上位に大体入っていたわけですが、
その私が、毎年必ず数回は借りる好きな本がありました。


No7 黄兎用


『こうかん日記で魔法をかけて』
作・末吉暁子


当時から既に20年程は経過しているわけですが、本のタイトルも内容も覚えている、
というのは本当に好きだったんだなぁ~、と自分で思ってしまいます。


小学生~中学生の女子であれば、一度はやったことがあると思う「交換日記」。
いつの間にか誰かが始めて、いつの間にか、秘かに流行している。
急に仲良くなったと思ったら、交換日記を始めたらしい、ということも
あったのではないかと思います。

そんな私ももちろん交換日記をやっていたわけで、定番の「好きな男の子の話」から、
勉強や友達の話、くだらないものでいえば、「魔方陣グルグル」のリレー小説を
友達と3人で書いていたこともありました。

交換日記の内容は秘密厳守、誰と誰がやっているというのも秘密。
ちょっとした秘密が大好きな女の子たちが飛びつかないはずはないですよね。
いや~・・・これが元で友情が失われたという話も良く聞いたので、
なんとも女の友情というモノは難しいです。


この物語に出てくるのも2人の女の子。
みき と ノンノ。 

みきは自分のことを「みきちゃん」、茶化して「ワラヒ」と言っちゃう女の子。
そんなみきが拝み倒して交換日記をお願いしたのが、友達のノンノ。
ノンノは既に他の人と交換日記を2冊もやっている人気者なのです。

そんな2人が交換日記を始めるのですが、言い出したみきが交換日記のノートを
用意し忘れちゃう!
何としても用意しなければならないけれど、時間は夜の9時を過ぎている。
厳しいお母さんから「そろそろ寝なさい!」と言われる頃合。
自分の机をひっくり返して探していた時に見つけたのが、1冊の大学ノートでした。

そしてその大学ノートで交換日記を始めるのですが、
実は書いた願いが叶ってしまう、魔法のノートだったのです。



書いたことが叶ってしまう魔法のノート。
小学生の私には夢のような話!特に友達と交換日記をやっている中で、
あぁ、自分のこのノートも魔法のノートだったらいいのに!
そう何度思ったことでしょうか!(笑)

この2人も魔法のノートとわかってからは、欲しい漫画やおもちゃ、
鼻炎が治りますように、足のいぼがとれますように(!?)なんていう、
何とも女の子らしい現実と夢が混ざったようなお願い事をノートに
書いてしまうのですね。
こういうところが夢を見そうで現実的な女の子を描写しているなぁ~
なんて、今読み返すと非常に思います。(笑)
「交換日記の数=人気のバロメーター」なんていうところも現実的ですよね。



小学生の頃の私も魔法のノートに書くお願い事をあれこれ想像していたと
思いますが、きっと2人ののような感じになるんだろうな~と思います。
欲しいマンガ、本、洋服、ゲーム、CDなどなどなど・・・
好きな男の子と両想いになりますように!>< なんていう、
なんとも甘酸っぱいお願いごとも考えたかもしれませんね///

今は大人になって、交換日記に書いてしまうような「物」は、
気軽に買えてしまうものになってしまいました。
あぁ~、大人なんだなぁ~と感慨深くなると同時に、ちょっと淋しくも
あったりします。手が届きそうで、届かない、そんなもどかしい
ちょっとしたお願い事は自分にあるのかなぁ~、なんて。


え?じゃあ、考えてみて欲しい?


今、もし手にその『魔法のノート』があったなら?


大金持ちにして!超能力者になりたい!タイムマシンが欲しい!
な~んていう、到底無理なお願い事は叶えられないノート、
みたいなのですけれど・・・

そうだなぁ・・・。

・・・ちょっとニコニコ動画に投稿したニコマス動画を数万再生にして、
毎時ランキングに載ったりとかしちゃったりとかして、
コミュニティレベルをばーん!とあげてもらっちゃったりとかしてもらう、
な~んてことはどうでしょう?きっと、簡単ですよね?(にっこり)

私の周りがそんな風に激変したら、きっと私が魔法のノートを手に入れた証拠。


じゃあ、あなたがもし、そんな魔法のノートを手に入れたら・・・

いったいどんなお願い事を書きますか?

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Pとこの一冊 第6回 ◆半角P「茨木のり子詩集 わたしが一番きれいだったとき/茨木のり子」

『わたしが一番きれいだったとき

 わたしはとてもふしあわせ

 わたしはとてもとんちんかん

 わたしはめっぽうさびしかった』



「茨木のり子詩集 わたしが一番きれいだったとき」 茨木のり子

No6 半角P用


 それは教室での出来事。


 前方では、教師が熱心に何か大事そうなことを語りながら、幾何学的な文字を黒板に記載している。

 後方では、クラスメイトがあるものは意識の彼方へ船をこぎ出し、あるものは机の下で漫画を開く。

 そして。

 教室のほぼ中央で、そのどちらにも属することが出来なかった私は、仕方なく手元の教科書に視線を落とす。

 何気なく落とした視線の先で。

 私は初めて書籍を読んで涙した。


 
 そんな風にして私は本作と出会った。



 「わたしが一番きれいだったとき」は、口語自由詩である。
 
 本作は、「わたしの国」において、戦争が激しくなり、やがて終戦を迎えた状況の頃を、8連にわたる文章で表現している。

 そして、8連の文章は内容的に「戦時中」(第1~第4連)、「終戦直後」(第5~7連)、「戦後」(第8連)の3部に分けることが出来る。

 本作のテーマを一言で言えば、青春期を戦争という状況で過ごさなければならなかった作者の悔しや、喪失感、そして、それでもなお悔いがない生涯を生きていこうとする作者の決意である、といえよう。

 本作は、対句(同じ形で対になる語句を並べリズムを整える形式)、押韻(文の始めや終わりを同じ音でそろえる形式)、倒置法、反復法などをたくみに使用し、作品全体としてリズミカルな構成をがとられており、そのことが作品の透明度を上げる作用をもたらしている。

 また、この詩の大きな特徴としては、現在も国語の教科書に掲載されているということがあげられる。
 従って、人によっては国語の授業でこの詩を読んだことがある人もいるかも知れない。
 

 本作を「国語的」意味でざっと解説すれば、以上のようなものとなろう。

 
 もちろん、私がここで伝えたいのは、そんなおもしろみもない平坦な言葉達ではない。


 冒頭で述べたとおり、本作は私が初めて書籍を読んで涙した作品である。

 今でこそ涙もろい私ではあるが、当時(中学生時代)は全くそんなことはなかった。

 作品をおもしろいと感じることはあれ、こと、書籍を読んで感動で涙を流すという経験はほとんど皆無であった。

 そんな私が、本作に涙したのである。
 
 これは当時の自分でも衝撃の事実だった。

 そして、私にとってもっと衝撃だったのは。

 どうして涙したのかがよくわからないという事実だった。 

 実を言うと、今もその理由についてはよくわかっていない。

 中学時代に涙して以来、私は時折、本作に触れている。

 あるいはそれは高校の教科書だったり、あるいはそれはインターネットのサイトであったり、あるいは単にふと思い出したり。
    
 その時々で思い返すことは多々あれど、なぜあのとき自分が涙したのか、その理由は今もなお謎のままだ。


 とはいえ、この作品が私の心の中に深く突き刺さっているのは事実である。    
 
 
 例えば。


 私の文章。

 私の文章は、同じ言葉ないし、リズムをもった言葉を繰り返すことが多い。
  
 これは間違いなく本作の影響である。

 本作は本質的にリズミカルな作品である。

 だからこそ、何度も頭の中で反芻することが出来るともいえる。

 そうして反芻を繰り返している内に、私の中でもっとも心地よい文章形式として深く刻み込まれたのだと思う。

 結果として、私の文章は本作のもつリズムをなぞるかのように、繰り返しが多用されることになったわけだ。


 そういう意味では、ノベマスPという側面から見れば、本作は私にとって「Pとして無くてはならない一冊」であるといえる。 


 それほど重要な作品について、自分の感想を語れないというのは何とも歯がゆいものではある。

 物書きの端くれとして、それでいいのかという気持ちもないではない。

 だから、今回、無理矢理にでも「あのとき」私が感じた気持ちを表現してみようと試みて、この企画に応募させてもらったのである。

 そう思っていろいろ思考錯誤した結果。

 あのときの感情を伝えるためには、あのときの情景を描くしかないとの結論に至った。

 
 冒頭で示した、あの中学校の授業中の情景のように。
 



 それは授業中の教室での出来事だった。
   

 響き渡るは、教師の声と、チョークの音。

 40数人がつめこめられた狭い空間で、私の意識はただ一点、本作にのみ注がれる。

 文字を追っていた目は、いつしか文字ではない何かを幻視する。

 あるいはそれは崩れたがれきから見上げる青空だったり、あるいはそれは完璧な敬礼を行っている若き兵士であったりする。

 そして。

 ついに私は声を聞く。

 彼女は確かに私に語りかける。

 怒りもあきらめも後悔も。

 そのすべてを越えて澄みきった声色で。


 「わたしが一番きれいだったとき」


 淡々とその言葉を繰り返す。
 
 
 「わたしはめっぽうさびしかった」


 そう告白する彼女は、それでもなお。


 「だから決めた できれば長生きすることに」

 
 すぐさま静かな決意を私に告げる。

 そういった彼女は、たしかに「一番きれい」では無かったのかも知れない。

 だが。

 声とともに浮かび上がった彼女の姿は、最高に美しかった。

 
 たぶん、それが私が本作に涙した理由なのだろうと思う。
   
  

 
 ずいぶんと妄想めいた話になってしまった。

 小説や詩を読むという行為は多分に私的な行為である。

 私が作品を読むとき、私の意識はその作品の世界にダイブしている。

 だから集中して読んだ作品では、幻想も幻聴も、私の意識は現実に感じ取る。

 このような私的な行為が万人受けするとは思わない。

 それでも。

 本作に少しでも興味がわいたのなら、是非ご一読していたくことをおすすめする。

 先に挙げた作品集は、本作以外でも茨木のり子の代表的な作品が収められており、その透明な世界観を十分に堪能することができる。

 本作が織りなす美しくも透明な世界をお楽しみいただければ幸いである。 

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Author:◆半角P

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Pとこの一冊 第5回 ハバネロP「ARIA/天野こずえ」

初めましての方は初めまして、そうではないかたはこんにちは。ハバネロPです。
初めましての方向けに軽く自己紹介をさせて頂きますと、08年の1月にニコマスデビューして以来、疑似m@sや手描きイラストを用いた紙芝居PVをメインに色々な動画を作っています。
……というわけで、よろしくお願いします。


今回「Pとこの一冊」で私が選ばせてもらったのは、天野こずえによる漫画作品『ARIA』です。
No5 ハバネロP用
僕は小さい頃から本が好きで、小説、漫画などジャンルを問わず色々読み漁って来ました。
そんな中で、最も僕に影響を与えた作品がこの『ARIA』になります。


まずは、この作品についてかるく概略を説明するところから始めたいと思います。
この作品は、マッグガーデンから発刊されている雑誌「コミックブレイド」に2001年から2008年まで連載されていました。単行本は全12巻が発売されています。
また、その前日譚が『AQUA』というタイトルで単行本2巻にまとめられています。
本稿では、『AQUA』『ARIA』両方を一つのシリーズとして紹介して行きたいと思います。
(なんで2タイトルあるのかについては、「マッグガーデンお家騒動」で調べると分かるかと思います)

舞台となるのは、テラフォーミングが完了した2300年代の火星。
その過程でゴキブリ怪人との壮絶な戦いがあったかどうかは知りませんが、作中では火星のテラフォーミングは無事に成功し、水の惑星「アクア」と呼ばれるようになっています。
そんなアクアの入植地のひとつが、地球のヴェネツィアを町並みや風習まるごと移植した街ネオ・ヴェネツィアです。
ヴェネツィアと言えばゴンドラによる観光案内が有名ですが、ネオ・ヴェネツィアにもそれは引き継がれています。ただし、実際のヴェネツィアでは男性が観光案内を務めるのに対し、ネオ・ヴェネツィアでは「水先案内人(ウンディーネ)」と呼ばれる女性たちがこの業務に携わっています。
本作は、そんな水先案内人を目指す少女・水無灯里を主人公に、ネオ・ヴェネツィアの四季折々の行事やちょっとした日常のできごとの中における、少女の心の動きや成長を丁寧に描いた作品です。アニメ化もされており、3シーズンに渡って全52話が製作されました。


僕がこの作品に出会ったのは、アニメ第二期にあたる『ARIA the NATURAL』をたまたま見たことがきっかけでした。そしてその出会いはそもそも、全くの偶然によるものでした。ある日高校から帰って、録画しておいたアニメを見た後、そのままビデオテープを流しっぱなしにしていたら別のアニメが始まりました。それをなんとなく見ている内に、「あれ、この雰囲気結構好きかも……?」と思い始め、本編が終わる頃には「いい話だった……」とすっかりご満悦。そのアニメこそが『ARIA』だったのです。
(ちなみに録画されていたのは母の仕業だったと後に判明しました)
そして、アニメを見るのが週に一度の楽しみになり、原作漫画があると知って購入し、アニメと連動して放送されていたラジオの方も聞き始め、サントラを購入し……と、完全にその世界の虜になっていました。
周りにこの作品を知っている人が全く居なかったため、ネットの海を彷徨ってARIAファンの交流サイトを見つけ、そこでチャットしたりするのも当時のひそかな楽しみでした。
一つの作品にどっぷりとハマり、そしてそれによって誰かと繋がれる、という経験を与えてくれたことは僕にとって大きな意味を持っていると言えます。


そうした個人的な体験にまつわる思い入れも勿論大きいのですが、何よりも作品そのものが素晴らしかったことと、そこから自分自身の考え方に与えられた影響の大きさ、というのがこの作品を今回紹介した主な理由になるでしょう。

先程も述べた様に、この物語の中で大きな事件は全くといっていいほど起きません。
ネオ・ヴェネツィアの様々な行事や、水先案内人としての仕事の中で出会う人々、あるいは共に水先案内人として頑張る友人や先輩達、そして何よりも穏やかに過ぎていく日常の中で起こるちょっとした出来事。
そういった色々なものが、成長していく主人公・灯里の目を通して映し出されると、何だかとても素敵なものに見えてくるのです。
この作品を初めて読んだ頃、僕は受験勉強に追いかけられる日々を過ごしており、毎日しんどいことばっかりだなーと思っていました(今思うとなんて甘ったるいことを考えてたんだって感じですが……)。
でも、この作品に出会ったことで、少しだけ考えが変わったと思います。
日々しんどいことも沢山あるけれど、気づかないだけで素敵なことも沢山隠れているんじゃないだろうか。
むしろ辛いこともしんどいことも、楽しいことを引き立ててくれる存在なんじゃないか。
そう思えるようになったのは、僕がこの作品から貰った大きな財産のひとつだと思います。


「普段は気づかないけれど、日常の中に素敵なものが沢山ある」
「そしてその日々を、今を楽しむこと」
この二つのテーマこそが、『ARIA』という作品の柱として存在していると僕は思うのです。
それをがっちりと支えているのが、繊細で美しい情景描写と、キャラクターの魅力であると思います。

前者については、実際にコミックスを手にとって体験してほしいところ。
ネオ・ヴェネツィアの街の風景の克明な描き込みと、四季の移ろいを描いた背景描写。
そして、見る者の感情をもぐいぐい揺さぶってくるキャラクターの表情。
そのふたつによって、まるで読んでいる僕らも実際にネオ・ヴェネツィアの街で、登場人物たちと同じ物を見ているような感覚が味わえます。
特に、各話にほぼ必ず入っている見開きの大ゴマはこの作品の真骨頂と言うべきでしょう。まるで美しい一枚の絵画のような迫力に圧倒され、あたたかな感動を見るものの心に呼び起こしてくれること請け合いです。
あとネオ・ヴェネツィアの色々な年中行事がどれもこれも楽しそうなんですよね。
作中で描かれる行事は現実のヴェネツィアでも実際に行われているものなので、是非一度でいいから実際に街を訪れて生で見てみたい、というのは僕の長年の夢であったりします。

後者については、キャラクターのビジュアルもさることながらその心情描写の上手さが光ります。
これに関しては、作者の技倆による部分が非常に大きいと思います。
『ARIA』にハマって以降、天野こずえの漫画は絶版になっているもの以外は全部読み漁ったんですが、どの作品を見ても、表情のみならずアングルや背景描写まで含めた「感情の表現」が凄く良いんです。
喜怒哀楽は勿論、微妙な感情をもきっちりと拾い上げて絵にしてくれる。だからキャラクターに思いっきり感情移入が出来る、そういう作品づくりをされているのだと思います。

そんな感情描写を補強してくれるのがセリフ回しの上手さ。
『ARIA』という作品は、名言を集めるだけで一冊の本が出来るくらいだったりします。
名言といっても「剣を握ったままではお前を抱きしめられない」的なオサレなものではなく、まっすぐな感情を素朴かつ純粋に切り取った言葉で書かれているものばかりです。
だからこそ言葉が、心にストンと落ちてじんわりと沁みこんで来るんですよね。

「何回転がしても その度にどこからともなく現れて 
一緒になって楽しそうに雪だるまを大きくしてくれるの
……子供の頃気がついたんだけどね

その時ふと思ったのよ こんな大人になりたいな――ってね」

そんな数ある名言の中でも、お気に入りといえばこれでしょうか。
主人公である灯里の先輩に当たる、アリシア・フローレンスの台詞です。
作中でも屈指の名言メーカーであり、その穏やかな物腰、水先案内人の仕事に対するプロフェッショナルな態度、なによりも身の周りの森羅万象を優しく素直な態度で受け取るその姿に、作中のみならずファンからもさん付けで「アリシアさん」と呼ばれてしまうそんなキャラクター。
僕もアリシアさんの在り方、生き方からは多大な影響を受けました。
僕が『ARIA』から受けた影響の何割かは、アリシアさんの存在なくしては無かったのではないでしょうか。

上に挙げた台詞は、そんな中でも特に個人的に印象深いものです。
この言葉に触れて数年が経ちましたが、僕は果たしてそんな大人になれているのでしょうか?
少なくとも、誰かが楽しそうなことしてたらとりあえず何か手伝ってみようか、という精神は培われたように思います。
現に今も、「なんか面白そうな企画あるから僕も参加してみよう」と思ってこの原稿を書いている訳ですからw
そもそもニコマスPになったきっかけも、そんな理由でしたっけか。
なんだかんだで、この作品から貰ったものはちゃんと僕自身の中で息づいているみたいです。


最後にもう一つ。
そういった部分もさることながら、『ARIA』という作品が最も評価されるべきところは「ひとが日々の中で成長、変化していく」という姿を真っ向から描いていることにあると思います。
この作品は、女の子をメインに日常の風景を描く、所謂「日常系作品」に大別されます。
そうした作品について、「成長のない箱庭空間」であるという批判が寄せられることがしばしば起こります。
あるいは逆に、「変化」によってゆるやかに動いていた物語が急展開を見せることに対しても批判的な意見が投げつけられることも起こり得ます。
『ARIA』もその例外ではなく、作品の完結とそれに向かう展開については、ファンの間でも様々な意見が飛び交いました。
しかし、それに対する僕のスタンスは当時も今も変わりません。
日常を描くのであれば、そこで起こる成長や変化を避けて通ることは出来ないのだと思います。
変わらない穏やかな日々、いつもの仲間がいる風景。そうしたものが、永遠に続くことはありません。
だからこそ、そうしたものがある「今」が大切なのだということを最後まで貫いて物語を描ききったことが、この作品の素晴らしさをより高めていると、そう思います。

そんな『ARIA』という作品のテーマそのものを表す台詞を紹介して、この原稿を締めたいと思います。

「今――楽しいと思えることは 今が一番楽しめるのよ
だから いずれは変わっていく今を
この素敵な時間を 大切に ね」 

長い長い文章に最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。
これをきっかけに、ページの向こうにあるネオ・ヴェネツィアの街を訪れる人が少しでも増えますように。

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Author:ハバネロP

動画倉庫“幅音露堂”(公開マイリスト): http://www.nicovideo.jp/mylist/3683867

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Pとこの一冊 第4回 アゥP「ぼくらの/鬼頭莫宏」

中学生になった時、

ぼくらはもう一人前で
自分でなんでもできると思った。

ぼくらは
泣いたり笑ったり怒ったり
もう、この世の中のことは
ほとんど知った気になっていた。

でも本当は父や母に守られ
社会に守られているただの子供だった。

本当の悲しみや喜びや怒りは
そんな日常にはなかった。

それを知ったのはぼくら15人が集まり
そして、

あれ、

あれに出会ってからだった。

鬼頭莫宏『ぼくらの』1巻より



皆様こんにちは。アゥPです。
普段はPVを作る傍ら、「ニコマスとP」というブログで、プロデューサーへのインタビューや「Pとこの一枚」などの企画を行っております。

さて今回私が取り上げるのは、鬼頭莫宏による漫画『ぼくらの』です。

No4 アゥP用


ニコニコ動画的には『アンインストール』が主題歌のアニメの原作、と言えばわかる人も多いのではないでしょうか。

この漫画は大別するのであれば「ロボット漫画」に分類されます。

突如現れた謎の敵!
それに立ち向かう謎のロボット『ジアース』のパイロットに選ばれたのは、年端もいかない15人の少年少女!

1巻の内容の8割を2行で表すとこうなります。ここだけ見るとよくありがちな王道ロボットものかとお思いになることでしょう。
しかし、残りの2割こそが『ぼくらの』のテーマなのです。


【本当ならば全く予備知識のない状態でこの漫画を読んでいただくのが理想なのですが、内容について語る上でやむを得なく多少のネタバレを致しますのでご了承ください。】


物語が進むにつれ、この戦いに仕組まれた残酷なルールが明らかになってきます。それは、

『ジアースは一戦闘駆動するかわりに操縦者の命を奪う』

そして

『戦いに負けたり、勝負がつかず48時間経過すると、地球は破壊され地上の全生物が滅亡する』

というもの。

つまり、「戦闘に負ければ地球は滅亡するが、勝敗に関わりなく操縦者は死ぬ」。
自己の防衛が戦う理由にはならず、他者のためだけに犠牲になるということに他ならないのです。
そういった意味では、この漫画は非常に趣味の悪い漫画と言えるかもしれません。

しかし、この漫画はただの趣味の悪い漫画ではないのです。

この事実を突き付けられた少年達は、否応なしに自らの境遇に向き合うことになります。
そして、ときに間違いを犯すことがあっても、少年達は自分たちの答えを出して、戦いに赴く。

つまり、この漫画では『死に向かう』少年達を描くことで、『生きる』ことが描かれているのです。


またここではネタバレを伏せますが、先に挙げたルールに加えて、作中でもう一つ残酷な真実が明らかとなります。
そしてそれもまた、この漫画の大きなテーマの一つであり、作中の言葉を借りるのであれば

『生きている業と責任を背負う』

ということを描いているように思います。
この言葉の意味については、漫画を手に取って読んで知ってほしいと思います。

私は高校時代にこの漫画に出会ったことで、自身の考え方に大きな影響を受けました。
『今生きている意味』について、この漫画を初めて読んだあとで深く考えたことを覚えています。
非常に重いテーマの漫画ではありますが11巻と短めなので、もし機会があれば一読してほしい漫画です。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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Author : アゥP

制作物(公開マイリスト): http://www.nicovideo.jp/mylist/27832222

Twitter @AuP_1109

Blog ニコマスとP : http://aup1109.blog.fc2.com/

「ニコマスとP」では、「Pとこの一冊」の原点ともいえる企画である「Pとこの一枚」が行われております。
私 真人間Pも、先日寄稿させていただきました。是非こちらもご一読ください。
(「Pとこの一枚」だけでなく、プロデューサーインタビューや対談などもやっておられます。そちらも是非!)

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プロフィール

真人間P

Author:真人間P
「Pとこの一冊」寄稿者募集中
開催期間 4/19~5/25
詳しくは、「寄稿について」参照。

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